「臓器移植」の深い闇に迫る! 現代の「食人」「カニバリズム」はあなたのすぐそばに。

今回は「臓器提供」「臓器移植」について書こうと思います。

臓器提供、臓器移植は、ほとんどの人にとって未知の世界です。

身近なところでいいますと、保険証に「臓器提供意思表示」を記入するらんがありますよね。

<保険証の裏面>

なんだか現実味がわかなくて空欄にしている方も多いかもしれません。

つい先日、6歳未満の子供が脳死判定され、「臓器提供者」となったと報道されていました。

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6歳未満の男児が脳死判定 家族同意で臓器提供へ

6歳に満たない男の子が脳死状態と判定され、家族の同意のもと臓器提供されることが明らかになりました。6歳未満の脳死による臓器提供は8例目になります。

日本臓器移植ネットワークによりますと、東京都内の病院で治療を受けていた6歳未満の男の子は頭部の外傷によって脳に大きな障害を受け、先月26日に脳死状態と判定されました。

その後、家族が説明を受けたうえで臓器提供を決めたということです。

1日未明から朝にかけて摘出手術が行われ、心臓や肺、肝臓など5つの臓器が都内や大阪の病院で移植を待つ10代までの男女5人に移植される予定です。

男の子の両親は「移植を待つご家族を笑顔にし得る息子を心から誇りに思います」と話しています。

6歳未満の脳死による臓器提供は、公表されているなかでは8例目です。

—————————————————–(転載ここまで)

臓器移植は、海外でさかんにおこなわれているイメージがあるのですが、日本でも意外と頻繁におこなわれていることがわかりました。

○臓器提供数・移植数-日本臓器移植ネットワーク

最近は、「脳死」や「臓器移植」ということばをよく耳にするようになりましたが、この「臓器移植」をとりまく報道や関連人物を見ていると、どうしてもあやしい、うたがわしいという思いにかられます。

みなさんは街中で見たことがあるでしょうか。

幼い子供の写真をかかげて、「心臓移植が必要な○○ちゃんのために募金をお願いします」と呼びかけているひとたちを。

最近はあまり見なくなりましたが、ひと昔前はよく見かけました。

人の善意を利用した詐欺が横行しているのです。

○心臓移植は嘘!人の善意を利用した悪質な募金の動機とは?-NEVERまとめ

○過去にもこんな「●●ちゃんを救う会」がありました!!

このように「臓器移植」を悪用しているひとたちがいるようですが、そもそも「臓器移植」自体にもあやしいと思えるところがたくさんあります。

実は、「臓器移植」の大前提となる「脳死」の基準は国によって大きくちがうのです。

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脳死(のうし、英: brain death)とは、ヒトの脳幹を含めた脳すべての機能が不可逆的に回復不可能な段階まで低下して回復不能と認められた状態のことである。

ただし国によって定義は異なり、大半の国々は大脳と脳幹の機能低下に注目した「全脳死」を脳死としているが、イギリスでは脳幹のみの機能低下を条件とする「脳幹死」を採用している。

日本では、脳死を「個体死」とする旨を法律に明記していない。

—————————————————–(転載ここまで)

国によって移植のために「臓器摘出」ができる基準が大きくちがうのです。

しかし一般庶民は人体にそこまでくわしくありません。

もし医者から「脳死」です、と言われると家族はそのまま鵜呑みにしてしまうでしょう。

以下は、ある家族におこった悲劇について書かれた記事ですが、「脳死」判定から、とても深い闇を感じました。

以下の記事は長いのですが、あきらかに家族と医師間でなんらかの不正があったことが分かります。

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5例目「脳死移植」(駿河台日大病院)の臓器提供者はうつ病による自殺者だった!

9ヵ月ぶりに行われた「脳死移植」は、くわしい事情が報道されぬまま、あっけなくマスコミの話題から消えた。

そのあと6例目7例目と続き、そのつど扱いは小さくなった。

もはや脳死移植が通常医療としてすっかり定着したかのようだ。

しかし実際には驚くべき事実が隠され、最悪の事態が進行していた。

◆ついに行われた密室移植

マスコミ関係者は誰もがみんな知っている。

でも、誰も書かない。

2000年3月28日深夜に突然開かれた記者会見で、臓器移植法施行後5例目となる「脳死移植」が行なわれたことが発表された。

駿河台日大病院この臓器摘出は、みごとなまでに情報を封鎖した密室医療として行われたからだ。

密室医療には、密室でなければならない理由があった。

しかし驚くべきことに、マスコミ各社は一様に、その検証・報道を放棄した。

そしてこの密室移植が批判もなく「成功」したことによって、その後6例目7例目と続いた「脳死移植」では、もはや密室であろうとなかろうとジャーナリズムによる検証なしに行われることが常態化していくことになった。

に運ばれ「脳死」と判定された女性から、心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓が摘出されたというものだ。

昨年6月の4例目から9ヵ月間の空白を経て行われた「脳死移植」ということになるのだが、読者の皆さんはこの事例について、どんなドナーだったか記憶しておられるだろうか。

記憶になかったとしても無理はない。

◆自発呼吸が戻ったのに

日本臓器移植ネットワークが3月28日の記者会見で公表したドナー情報は、「関東甲信越地方の医療機関に入院中の20才代の方」ということだけ。

性別や死因については「家族の要望」で「お答えできない」と繰り返した。

この5例目には、これまでの「脳死移植」と決定的に異なる点がある。

警察の検視を受けていることだ。

検視は、異常死体の死因を調べるために行われるもので、臓器移植法では異常死体から臓器を摘出する場合、検視が終了するまでは摘出してはならないことが定められている。

この患者が検視を受けた理由についても、臓器移植ネットワークは説明を拒んだ。

もっともくわしくドナー情報を書いたのは高知新聞だ。

30日の同紙によると、ドナーは「20代の女性」で、27日午前、心肺停止の状態で駿河台日大病院に搬送された。

救命救急センターのスタッフが心肺蘇生を続け、1時間以上も止まっていた呼吸が蘇った。

しかし医師団は「脳幹機能が回復しない」と家族に告げたという。

自発呼吸が蘇ったということは脳幹機能が回復したことを意味する。

なのにこの家族への説明はどういうことか。

同紙には、そのあとさらに不可解な記述がある

「覚悟をした。ドナーカードを持っているはずだ。

自宅で探してみる。脳死になったら提供したい」

女性にはまだ自発呼吸があったが、家族は脳死の条件がそろえば速やかに提供に同意する意向を示した。

「時間がたてばたつほど臓器の状態が悪くなる。移植の結果も悪くなる」。

家族はテレビなどで臓器移植に関心を持ち、普段から深い知識があったという。

移植医療に共感したきょうだいが先にカードを持ち、女性も今年初めに「私も」とカードに署名した。(高知新聞)

20代の娘が突然倒れて救急車で大学病院に運ばれ、救急スタッフの懸命の蘇生でやっと自発呼吸が戻った。

「やったぞ!」と家族は神に感謝して手を取り合い、奇跡の復活を確信……ならわかる。

ところが、この家族はそんなときに「カードがあったはずだ」と自宅に探しに戻ったのだという。

娘の命より「臓器の状態」や「移植の結果」を心配したのだという。

そんなものだろうか?

患者が倒れて1日もたたない28日未明、早くも医師は「臨床的脳死」と診断、すぐに法的脳死判定が行われてその日の夕方には「脳死」が確定。

わずか1日半のスピード臓器摘出だった。

それに先だって家族は、「個人を特定できないように。原疾患には言及しないで。臓器搬送の場面は映らないように」
と強く要望したという。

厚生省は昨年の公衆衛生審議会で、「家族が望まない場合、ドナー情報を一切公表しない」と発表して一部マスコミの批判を浴びたが、今回はその通りの方法が採られた。

そして厚生省方針を批判したはずの新聞も含めてそれに従い、記者会見以外に知り得た情報を一切報道しなかった。

その、マスコミ関係者の誰もが知りながら書かなかった事実。

それは、この患者が27才の女性で、うつ病患者で、自宅で自殺(おそらく首吊り)を図って運ばれたということだ。

検視はその確認のために行われた。

◆異様に早い脳死判定

隠された事実を、なぜここで小誌が書かねばならないのか。

それは、この事実にこそ今回の「脳死移植」に対する疑問が凝縮されているからだ。

脳神経外科医で救急認定医でもある昭和病院の近藤孝氏は、まず救急医療としての見限りが早すぎる点に首をひねる。

「首吊りで運ばれた患者は何人も診ました。

救急処置としては、挿管して人工呼吸器につなぎ、心臓マッサージをしながら強心剤を打ちます。

ただし1時間も心肺機能が停止していたら蘇生後の経過は良くはありません。

悪いながらも安定するか、再び悪化して蘇生後脳症と呼ばれる状態に陥るかのどちらかでしょう。しかし、どっちになるかはその時点ではわからない。

したがって希望はあります。

でもこの事例では≪脳幹機能が戻らない≫と説明したとあり、だとするとおかしな説明です。

家族がドナーカードを探しに帰るというのもおかしい。

2例目の慶応大学では≪そんな段階じゃない≫と引き留めています。

つまり蘇生後脳症でダメというのは見込みでしかない。

それに、たとえ蘇生後脳症になったとしても、その後3年間生きている人がうちの病院に今も入院しているくらいですから、脳死になるかどうかはわからないのです」

脳死・臓器移植に反対する関西市民の会代表・岡本隆吉氏も、同様に指摘する。

「とにかく今回のはものすごく勝負が早い。

うつ病による自殺とすると、体はどこも悪くないわけです。

自発呼吸が回復したのに、そんなすぐに死ぬことが確定するでしょうか。

従来の臓器提供症例と比べても、自発呼吸が回復してから脳死判定までの期間があまりにも短すぎる。

あのひどい高知日赤や千里救命センターだって、もっと日にちをかけています」

近藤医師はさらに治療内容についても疑問を投げかける。

「すぐに脳死判定にとりかかっていることから、この事例では脳低体温療法をしていません。

でも、しない理由がわからない。

自発呼吸が回復するという≪いい結果≫が出ているわけですから、どうして治療を続けなかったのか。

脳低体温療法はしたくなかった、としか考えられない。

新聞では家族の意向が強調されていますが、救急治療は家族の意向に左右されてはならないはずです。

臓器移植法では、すべての治療を適切に行うことが定められているのです」

そしてもう1点、脳死判定にも疑問が残る。

「うつの患者さんの場合、中枢神経抑制剤と呼ばれる睡眠剤や安定剤を飲んでいることがほとんどです。

その場合、脳死判定はしてはならないことになっています。

なぜなら、それらの薬物の影響で、脳死でなくても脳死と判定される可能性があるからです」

それにしてもこの家族は、なぜそれほどまでに臓器提供を≪したがった≫のか。

それは事実なのか、それともこれまでの移植事件でみられたように医療側の誘導によるものなのだろうか。

◆肺移植はなぜ成功したか

脳死・臓器移植に反対する関西市民の会の岡本隆吉氏は、今回のスピード脳死の鍵を握ったのは「肺移植」ではないか、と推測する。

「脳死は≪人工呼吸器で生かされている状態≫と言われます。

これまでの事例では肺移植ができませんでした。人工呼吸器使用によって肺がいたんだからと考えられます。

が、今回初めて肺移植が実現しました。

雑菌が入っていない、きれいな肺だったのでしょう。

どうしてか。

それは人工呼吸器を極めて短時間しかつけていなかったからではないかと考えられます。

逆に考えると、今回初めての肺移植を実現させるために急いだ、とも考えられるわけです」

いずれにせよ、これまで述べてきた事実は一般市民にまったく知らされることなく、何も問題がなかったのごとく葬り去られようとしている。

岡本氏は憤る。

「これが移植医療のそもそもの体制なんです。

悪いことは全部ふたをしてしまえる。

そうしないと成立しない。だから反対しているのです。

密室で何をされてもわからないということを我々はずっと言ってきましたが、それが現実のものになったということです」

臓器移植法の付則では、移植によって医療に対する不信を与えてはならない、ということが決められている。

そのためには、ドナーの救命に万全を尽くした証明として治療内容を明らかにする必要があるはずだ。

しかし病院側はそれを平然と拒否した。

それにしてもマスコミはなぜこの密室医療を批判し、疑惑に満ちた臓器摘出を追及しないのか。

ある全国紙の編集委員はこう言う。

「加害者のいない自殺は≪個人的な問題≫として処理され、よほどの有名人でない限り書かないことになっている」

しかし法に基づいて行われる「脳死移植」がもとより個人的な問題であろうはずがない。

別の全国紙の論説委員は、

「脳死移植に関心を持って追及しようという記者が見あたらない」 と嘆く。

さらに別の全国紙で脳死移植を追ってきた記者は、こんなホンネを漏らす。

「脳死の記事は書きたくないねえ。高知の1例目は疲れたよ」

かくして臓器移植推進派にとってはまさに≪やりたい放題≫のレールが完成しつつある。

その上でこの秋、家族の同意だけで臓器摘出を可とすることを柱に謳った「臓器移植法の見直し」が行われようとしている。

—————————————————–(転載ここまで)

このときに運び込まれた女性は首つり自殺をした女性でした。

おそらく、長年家族は彼女の「うつ」に悩まされていたことでしょう。

うつ病患者を抱える家族は本当につらいです。

ときに「いっそ死んでほしい」と思うこともあるでしょう。

そのようなとき、彼女は首を吊った。

周りの家族はこの女性の自発呼吸が戻ったにもかかわらず、蘇生を望まず、そのまま死なせたのです。

そして「臓器移植」を成功させたいという医師側と利害が一致したのです。

この5例目の脳死移植は、現代の深い闇を感じさせます。

上記の記事にも出てきた「ドナーカード」。

これは自分が脳死した場合に「臓器提供」の意思表示をするためのものです。

<ドナーカード>

そして保険証にも「臓器提供」の意思表示を記入する欄があります。

いつのまにか全国的に広がっていった「意思表示」。

実はこの案は、「日野原重明」が「日本臓器移植ネットワーク」のインタビューで提言していたのです。

<日野原重明>

(以下、()内はインタビュアーのコメントです。)

—————————————————–(以下こちらから転載)

(移植については、どのように感じてこられましたか?)

もっと技術が進歩してくれば、人工心臓などが実用化されるでしょう。

それまでまだしばらく時間がかかりますから、「自分が亡くなる時、どうぞ自分の臓器を使ってください」という意思をカードに記入しておけば役に立てることができますね。

アメリカでは運転免許証の裏に記入してありますから、誰でも知っていますよ。

私の息子はアメリカで医師をしていますが、家族全員が臓器提供の意思を記入していますし、それがほとんど常識のようになっているんです。

ところが、日本はことさらの問題として大袈裟に捉えすぎていますね。

自分の身体を守ることにエキセントリックになる日本の古い文化を変えなくてはいけません。

命の大切なことを認識すると共に、命がいよいよ朽ちる時には命がうまく誰かのために使われるような臓器提供や献体が、いつも考えられている社会になって欲しいと思っています。

(日本では、法律や手続きが厳しく、なかなか身近な感覚になりません。)

そうですね。

最近では子供の意思確認の可否や脳死判定について議論されているけれど、子供のことは親が考えてもいいでしょう。

「この子は残念ながら亡くなるけれども、この子の心臓がほかの病んでいる子供の心臓に置き換わることが本当に意味のあることだ」と感じられれば、少し道が拓けてくるでしょうね。

(最近は、幼児虐待などの事件も多いので、子供の臓器提供を親の判断に任せることに慎重な意見も多いんです。)

逆でしょう。

臓器提供をしないことで、愛情がある振りをするほうが危ないの。

本当に愛情があるならば、悲しみの涙を流しながらも臓器提供できるのではないですか?

(「自分の子供が最善の医療を受けたことが確信できなければ、脳死や臓器提供ということまで考えられない」というご意見も聞きます。)

自分の臓器提供についてもなかなか意思決定できないのに、医療に関する情報も乏しければ、家族の臓器提供を考えたり決断することはもっと考えにくいのでしょうね。

1990年にオーストラリアのセントビンセント病院に行った時に、移植に関する大きな遅れを実感しましたよ。

日本では心臓移植はどうなっているかと聞かれたので「まだやっていません」と答えるとびっくりしていました。

「こちらでは1960年代後半から始め、今では週に3、4回やっています」と言って、手術後3、4日の患者さんを紹介されましたが、「あと4、5日で退院します」と言うのですから盲腸の手術のようだと感じました。

病室に入る時も「ガウンは?」と心配すると「良い免疫抑制剤があるから感染は心配しなくて結構です」といった感じで、握手までさせてくれました。

このシステムや意識に関する日本の遅れは、医療の現場で真実が患者に伝えられなかったためだと思いました。

真実を伝えて医師と患者の信頼関係を築いていかなければ、技術ばかり持っていても進まないのです。

技術と信頼関係のバランス、意識の前進が必要ですね。

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現在の「ドナーカード」や「保険証」に臓器提要の意思を提示することは「日野原重明」が言いだしたことがそのまま採用されているのです。

「日野原重明」がどれほど日本で大きな影響を持っていたかがよくわかりますね。

かれは「ガン利権」だけでなく、「臓器移植利権」をも掌握していたのです。

じっさいに「国立がん研究センター」の理事長と「臓器移植ネットワーク」の理事長はおなじ人物が就任しています。

<門田守人>

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門田 守人(もんでん もりと、1945年〈昭和20年〉8月8日[1] – )は、日本の医学者。大阪大学名誉教授。元日本外科学会会長。元大阪大学理事・副学長。広島大学附属福山高等学校を経て大阪大学医学部卒業。

2013年 独立行政法人国立がん研究センター理事(がん対策担当)
がん対策推進協議会 会長(2011年 – )

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公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク
理事長  門田 守人

公益社団法人日本臓器移植ネットワークは、1995年4月に社団法人日本腎臓移植ネットワークとして設立され、全国規模で心臓が停止した死後のご提供による腎臓のあっせんを担っていました。

1997年4月16日臓器移植法が成立、同年10月16日に施行されたのに伴い、脳死後の心臓、肺、肝臓などの提供に対応する社団法人日本臓器移植ネットワークとして改組されました。

そして、2013年4月には公益社団法人として認定されました。

国内の死後の臓器提供におけるあっせん手続きを行う唯一の団体として、移植医療の公平性・公正性を担保しつつ、移植コーディネーターが24時間待機をし日夜臓器提供に対応しています。

また、移植希望者の登録業務や臓器移植医療の普及啓発も担っており、臓器を提供したいという方やそのご家族の意思を尊重し、そのご提供によって移植を希望する患者さんが一人でも多く救われるよう、体制整備に努めています。

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「癌」も「臓器移植」も、一部の人間たちによって牛耳られています。

「臓器移植」にも「日野原重明」が、関係している以上、摘出された「臓器」が本当に適切に移植を待っているひとたちに行きわたっているのか疑問をいだいてしまします。

臓器は「臓器移植ネットワーク」を介して移植されるひとも、摘出される家族もお互いを知ることはできません。

そして人間の「臓器」というのは「悪魔崇拝」に必要不可欠なものです。

イギリスでは以下のようなスキャンダルも発覚しています。

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イギリスで病院が死亡した幼児の臓器を後の検死のために親に無断で摘出・保存していたことが発覚し、一大スキャンダルとなり、複数の親が臓器を病院側から取り戻した後、遺体を掘り起こし、取り戻した臓器と合わせて葬式と埋葬をやり直すまでの事態に発展している。

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一体取り出してなにに使うつもりだったのでしょうか。

悪魔崇拝大国「イギリス」で起こった出来事ですから、容易に想像することができます。

人間の臓器をめぐっては、世界でさまざまな事件がおこっています。

古代から人間の「心臓」を悪魔に捧げる儀式がおこなわれており、それは現代でもつづいているのです。

—————————————————–(以下こちらから転載)

【閲覧注意】内臓をえぐり取られた生贄の女! 身体がただの“抜け殻”になる「儀式殺人」の実態=ナイジェリア

15世紀から16世紀にかけてメキシコ中央部に栄えたとされるアステカ文明。

人間を神の生贄として捧げる人身御供の神事があり、人の心臓を捧げて神に祈ったとされている。

今年2月アフリカ西部に位置するナイジェリアで、Ritualist(=儀式主義者)が若い女性を殺害し、内臓と心臓を取り出すという事件が発生。その凄惨な遺体がショッキング・ニュースサイト「Best Gore」に公開された。

青いシャツにデニムパンツを履いた女性。

シャツがめくられ、お腹は切り開かれて臓器が飛び出してしまっている。

その穴の奥は大きな空洞となっており、心臓がないことがわかる。

死体は何もないような場所に捨てられ、その周りには葉っぱのついた枝が散乱している。儀式は死体が遺棄された場所で行われたのだろうか。

衝撃的な画像を掲載しています。

アフリカでは、“儀式殺人”や“人身売買”のために人をあやめる事件が多発している。

儀式殺人は、とある儀式に則って人を殺害し、必要とされる部位を身近な場所に置くことにより、パワーを得ることができるとの考えで執り行われる。

ナイジェリアでは先月、臓器売買のために4歳児を殺害し、内臓とペニスを切り取った16歳の青年が逮捕されたと伝えたばかりだ。

さらに、東アフリカのマラウイでは、アルビノ(皮膚や髪の毛、眼の色が薄い先天性白皮症の人たち)を狙った殺人が続出している。

なぜなら、マラウイでは「アルビノの骨や身体の一部を呪術師に渡し、煮て食べることによって富がもたらされる」という迷信があるからだ。

先月2日、闇市場で高く売れるからとの理由で、アルビノの骨を所持していたとされる7人がマラウイで発見された。

そのうちの一人が人骨の所持を認めると、群衆は7人を取り囲みリンチ、さらに火をつけて殺害するという事件が起きている。

臓器売買も儀式殺人も、その犯人を残酷な方法で殺害するのも人道的に許される行為ではなく、どちらも野蛮な行為だといえる。

しかし、そのどちらにもアフリカの貧困問題が根底にあると片付けてよいのだろうか?

どう時代が変わろうとも、儀式殺人は地下に潜ってこれからも続くのかもしれない…。

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この事件は海外での事件ですが、他人事ではありません。

なぜなら日本こそ、悪魔崇拝の中心地だからです。

○天皇がどこからどう見ても悪魔崇拝者であるという証拠。

日本の中心とも言える「天皇」の妃、「美智子皇后」と「日野原重明は」深いつながりを持っています。

○ RAPT×読者対談〈第131弾〉小林麻央の死は悪魔への生贄である。(悪の巨塔・日野原重明と市川海老蔵の深いつながり)

実は、毎年日本でも沢山の子供たちが行方不明になっています。

○日本でも万単位の子供たちが行方不明になったまま放置されている。あなたはこの事実を知っていましたか。

殺人や誘拐は、マスコミが大きく取り上げますし、隠ぺいするには、関係者たちに賄賂をばら撒くなど、とにかく「金」がかかります。

しかし「臓器移植」ならどうでしょうか。

摘出された臓器が、だれにあてがわれたかという情報は「臓器移植ネットワーク」の関係者しか知りません。

もちろん内部のデータのねつ造などいくらでも可能でしょう。

そして、日本ではその昔、人間の臓器「生き胆」を取り出す儀式がおこなわれていました。

人間の臓器や人体の一部は「悪魔崇拝儀式」につかわれるだけではありません。

古来から「薬」として重宝されてきたのです。

○イエズス会と真言密教と浄土真宗と人肉食信仰「クロ宗」の奇妙な接点。フランシスコ・ザビエルを日本に招いた「ヤジロウ」から分かる悪魔教の現実。

—————————————————–(以下こちらから転載)

ではクロ宗は如何なる秘儀によって成立しているのか。その秘匿性は奈辺にあるのか。

それは「生き肝とり」という秘儀の故であると言われている。

この場合の生き肝とりとは、人間の臨終に際して、即座に胸を切り開いて生き肝(心蔵)を取り出すのだという。

つまり供犠の儀礼である。神に捧げる生贄として心蔵を切り取る。

この儀礼を村びとの死に立ち合うサカヤが執行する。この場合、カトリックという表層宗教が地上から隠れ教会から離れて基層へと埋没して行く時、基層民俗の生贄の祭儀へと帰着していったのか。

別の言い方をすれば、カトリックの深層に潜む供犠の宗教を帰趨としたのか。

いろんな要素が重層しているが、もともと、鹿児島の基層土俗には「冷えもん取い」という習俗があった事が『鹿児島の昔話』に伝えられている。

藩政時代の鹿児島では処刑された犯罪人の生き肝を取る事が公認されていた。「冷えもん」とは肝の事である。現在の鹿児島市電の二軒茶屋停留所から山に入った所に、「サカセド刑場」があった。

そこで行われるのが冷えもん取いである。打ち首によって首が刎ね落ちると、刑場をとりまく兵児たちは一斉に胴体に取りつき短刀で腹部を切り裂き肝を取り合った。

鹿児島には特産の秘薬「浅山丸」があるが、それが「冷えもん」で作られたという。つまり兵児たちにとってはそれが臨時収入であったのである。

それは同時に生贄として他人の命を救う秘薬となった。「浅山丸」は今もあるが、今日ではおそらくそれは鹿か何かの動物の肝であろう。

ではクロ教の場合、供犠として切り出された心蔵はどうなるのか。

「六神丸」になるのだと周囲の村はいう。

何も驚く事はない。死んだ人間の蔵器が他人の病いを癒す。これは現代、正当化され行われている蔵器移植の類型である。

サカヤは村を支配するほどに財産家であり資金力が豊かである。

それであってこそサカヤとクロ宗は存続し得たのである。その財力は生き肝にあると言われている。

こういう話はすべて「脱け」(註:村から追い出された人たちのこと)からの聞き取りである。

そこで「脱け」以外からの、外の村の人間からの聞き取りも一つだけ挙げておく必要があるだろう。

下甑村立の歴史民俗資料館の調査員氏である。

彼の父親は大工であったという。手打の港から片野浦へ、屡、家を建てに通ったという。

作業中のある日、死人が出たので棺桶を造ってくれと頼まれ寝棺を造った。

見ていると入棺の儀式が何と畳を剥いで床下で行われたという。儀礼執行人が床下から這い上って来た時、何故か、全身が血痕で真っ赤に染まっていたという。

そして一升瓶に詰められた血を見たという。昭和二十一年の事である。

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人間の「生き胆」が薬になる…。

なんともおそろしい洗脳です。

「カニバリズム」です。

薬になると信じられていたのは「心臓」だけではありません。

Wikipediaには人間の部位や分泌物がどのような生薬となるのかくわしく書かれています。

読んでいますときもち悪くなってしまいますので、一部だけご紹介します。

<本草綱目>

—————————————————–(以下こちらから転載)

有史以前のはるか古来より、人類は様々な物質を薬として用いてきたと考えられている。

有史以降の現存する薬に関する書物としては、紀元前2000年頃のメソポタミア文明時代の粘土板を最古として、紀元前1550年頃の古代エジプトの『エベルス・パピルス』、紀元前3世紀頃の古代中国の『神農本草経』、紀元1世紀の古代ギリシャの『薬物誌』などの存在が知られている。

科学的知見や医学的知識がほとんど存在しなかった当時、これらの薬の多くは実際に服用した先人による経験則や、呪術的な見地(形態学的に特異な物や疾患との対応性など)、ホメオパシー的見地、あるいは珍奇さから見出されてきたものであった。

神話においては、中国の三皇五帝の1人である神農が、日々七十数種の植物を身を舐めて試し、薬となるかどうかを判別したとの伝説が知られている。

このような呪術的観点からの治療が主流であった時代において、人体を薬として利用する行為が行われていたことを想像するのは難しくない。

中国では古くから薬として人体の様々な部位を用いていたが、日本でも同様に古くから脳や肝臓、人肉、人骨、肺、心臓、胎児などを病の治療のために利用した例が知られており、また西洋の民間薬でも人体由来のものが知られている。

頭蓋骨

「天霊蓋」:初出は『開寶本草』であり、『本草綱目』には「脳蓋骨」や「仙人蓋」の名も載せられている。

日本では、『和名抄』に「比止加之良保禰」の名で収載されているほか、『多識編』では「志也礼加宇倍之保禰」として記載されている。応用例には、傳尸や疰尸(労虫によって感染すると考えられていた肺病の類)、肺痿(肺結核)、鬼気(死人の邪気)、盗汗(寝汗)などがあったとされる。

大便

「人屎」:『新修本草』や『本草綱目』に収載されており、『和名抄』では「久曽」、『多識編』には「比登乃久曽」の名で記載されている。

解毒作用が知られており、臨床応用では産後陰脱(産後の子宮脱)のほか、蛇咬(蛇に咬まれた時)、痘瘡(天然痘)、鼻血に用いられた。

なお、徳川光圀の命により編纂された救民妙薬の、”河豚の毒を解す妙薬”の項には人糞を用いる方法が記されている。

さらに、便壷の底に蓄積される泥状物質を「糞坑底泥」と呼び、これは発背(身長の発育)や悪瘡(悪性のできもの)に適用とされた。

また西洋の民間薬では、皮膚疾患や潰瘍に利用された例が知られている。

「人中黄」:出典は『日華子諸家本草』とされており、別名として「甘草黄」の名がある。

甘草の粉末を人糞に混ぜて(或いは竹筒に入れた甘草の粉末を肥溜めに漬けて)作成する。

解熱や解毒作用があるとされ、応用例では丹毒(細菌性皮膚疾患)や傷寒熱病(チフスの類)、吐痰などに用いられた。

人中黄を含む漢方処方としては、化斑解毒湯(知母、黄連、連翹、人中黄、升麻、石膏、甘草、牛蒡子、玄参)が知られている。

「小児胎屎」:『本草綱目』に収載されている、新生児の胎便であり、悪瘡(悪性のできもの)や鬼舐頭(円形脱毛症)に適用とされた。

ヒトの五臓の1つ、心臓

「人膽」:『本草綱目』に収載されており、人の胆を指す。

鬼気(死人の邪気)、尸疰(肺病の一種)、久瘧(マラリヤ)、金瘡(切り傷)に適用された。

なお、江戸時代には「人胆丸」という生胆を用いた薬が、刀剣の試し斬り役を務めていた山田浅右衛門により実際に販売されている。

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ほかにも「経血」「爪」「髪の毛」、そして先日ご紹介した「胎盤」も生薬としてつかわれていたようです。

想像しただけできもち悪くなってしまいますね。

中国や韓国で「人肉カプセル」が摘発されたニュースもありましたね。

<人肉カプセル>

○ありえない…。今もなお韓国に蔓延する「人肉カプセル」-NEVERまとめ

現代の世の中でも「人間」が薬になると盲信している人がたくさん存在するのです。

しかし、「カニバリズム」は絶対にゆるされることではありません。

ひとを殺しておいて、他人の健康を保つ薬にするなどありえないことです。

古来の風習や習慣に根付いてしまった悪魔崇拝‥。

気づかないうちに自分もやっていた、ということがないように気をつけなければなりません。

ひとつひとつ気づいて、この世から悪習をなくしていきたいです。