私Kawataは生粋の「広島県民」です。

生まれも育ちも「広島」です。

父方、母方の祖父母、両親みんなが「広島県民」です。

今回は、広島県民にとって最大のタブーである、「原爆の嘘」に迫りたいと思います。

私は「RAPT BLOG」を通して「原子爆弾」がただの「マグネシウム爆弾」だということを知り、「放射能」、「癌」が存在しないということを知りました。

○RAPT×読者対談〈第56弾〉原発も原爆も存在しない。(前編)

○RAPT×読者対談〈第57弾〉原発も原爆も存在しない。(後編)

○RAPT×読者対談〈第61弾〉原爆被曝はどこまで本当の話なのか?

○RAPT×読者対談〈第100弾〉原爆はただのマグネシウム爆弾。石油の原料もただの海水。トヨタの水素自動車もただのパクリ。

この記事を読んだ瞬間に、広島県民が幼い頃からどれほど「原爆」の洗脳におかされてきたのかと、大きな衝撃を受けました。

広島県民は物心ついたときから、テレビや学校教育によって「原子爆弾」がどれほど恐ろしいのか、「放射能」がどれほど危険なのか、さんざん教え込まれてきたからです。

「広島県民あるある」といってもいいでしょう。

小学校の遠足では必ずと言っていいほど、平和公園に連れて行かれます。

そこで恐ろしい「被爆者」の人形を見て、トラウマになります。(現在は撤去されたようです。)

学校教育では「平和学習」という名の特別な時間がもうけられ、焼野原や死にゆく人々の恐ろしい映像を見せられます。

原爆に関するアニメも視聴し、「語りべ」と呼ばれる「被爆者」から、当時の話を聞きます。

広島県民にとって、8月はなんとも憂鬱な月となります。

確かに広島は焼け野原となり、多くの人々が亡くなりました。

私の祖母も悲惨な体験をしたと、話しをしてくれたことがあります。

このような悲劇は絶対に繰り返してはなりません。

二度とこのような悲劇を繰り返さないようにするためには、真実を知らなければなりません。

戦争や災害で多くの人々が死ぬと、まずは「かわいそう」という感情が先立ち、「真実」や「真相」はそっちのけにされてしまいます。

「原子爆弾」がただの「マグネシウム爆弾」だという真実が知れ渡れば、「平和都市ヒロシマ」という地位が崩れ去ってしまいます。

そして「原爆手帳」ですべての医療費がタダになっているひとたちも、自分で医療費を支払わなければならなくなります。

「原爆」「放射能」の真実は、「放射能が存在する」という大嘘によって得をしているひとたちによって、隠ぺいされていると言っても、過言ではありません。

先ほどご紹介した「RAPT BLOG」を読めば、だれもが「原爆」、「放射能」が嘘だとハッキリと理解することができます。

今回、広島に30年住み続けたわたしも「原爆」はマグネシウム爆弾で、「放射能」は嘘だということを証明したく、実体験を合わせてご紹介したいと思います。

①「被爆したのに皆元気!」

このことに関しては、広島の皆さんは薄々お気づきではないでしょうか。

「全国都道府県別平均寿命ランキング」では、「男性」9位80.18歳、「女性」10位87.33歳となっています。

かなり上位に位置していますね。

○【最新】47都道府県の平均寿命ランキング

たしかに広島には爆弾が投下されましたし、たくさんの人が犠牲となりました。

しかし、わたしの周りにいる「被爆者」たちは、なぜか皆元気なのです。

わたしの父方の祖母は、爆心地にほど近い場所で、「原爆」の閃光を直接浴びました。

それによって鼻から出血があったようですが、その後は80代まで大病することなく生きてきました。

若いころは、とても働き者だったようです。

わたしの母方の祖母は、原爆投下直後の広島市内で、混乱の中生きのびました。

からだは弱かったものの、何十年と農業を営み、80代なかばで亡くなりました。

先日、たまたま話しをしたおじいさんは、原爆投下直後の広島にいたそうで、死にゆく人たちを介抱したと話してくれました。

そんなおじいさんは、ゴルフを楽しむ超健康体でした。

危険なはずの「放射線」を浴びた人たちが、他県のお年寄りと変わらず元気に暮らしている‥。

わたしの周りだけ、この矛盾が起こっているのでしょうか。

そうではありません。

広島には、「被爆体験」を延べ伝える「語りべ」という人々がいます。

<被爆体験講話の様子>

このような教育によって「原爆」、「被爆」がどれほど恐ろしいものなのか、若者たちに教え込んでいきます。

戦争の悲惨さは、皆が知らなければなりませんが、「被爆者」と名乗るひとたちの間違った教育によって、「放射能」が存在する、「被爆」は恐ろしいと洗脳されるのも問題です。

「被爆者」と名乗るひとたちは、70年前の記憶をしっかりと記憶し、ハッキリと語ることができます。

これは、彼らが健康である証拠ではないでしょうか。

彼ら自身が、「放射能」は危険ではないという証人なのです。

また政府は、「語りべ」の高齢化により、「被爆」の恐ろしさを広めるひとが減少していることを懸念し、新たな人材育成に取り組んでいるようです。

——————————————————-(以下こちらから転載)

厚生労働省は2018年度から、被爆体験を本人に代わって語り継ぐ「伝承者」の支援に取り組む。

国内外での講話にかかる費用を負担するなどし、伝承者がより多くの場所で活動できるようにする。

被爆者の高齢化で当事者による語り部活動が難しくなっている。

伝承者の活動を支援し、記憶の風化を防ぐ狙い。

これまでは伝承者を受け入れる側が旅費や謝礼金を負担していたが、今後は全ての費用を国が負担する。

広島平和記念資料館の担当者は「東京に派遣すると1泊2日で5、6万円ぐらいかかる。

支援事業のおかげで予算が少ない学校なども依頼しやすくなる」と話す。

費用面などから伝承者の活動は国内に限られていたが、今後は依頼を受ければ海外で開催される原爆展などでの語り部活動にも派遣する方針。

さらに広島市と長崎市にある国立原爆死没者追悼平和祈念館に、伝承者による講話の依頼を受け付けるコーディネーターを新たに配置する。

学校や団体などから講話の依頼を受けると、コーディネーターが派遣する伝承者の旅程や宿泊先などを手配する。

厚労省は18年度予算案に3千万円を計上した。

同省担当者は「より多くの場所に派遣し、被爆体験の継承につなげたい」と話した。

厚労省によると、17年3月末時点で被爆者の平均年齢は81.4歳。

1988年には約35万人いたが30年で約16万人にまで減り、当時の記憶を語り継ぐ伝承者の育成も急務となっている。

——————————————————-(転載ここまで)

「放射能が存在する」と語り続ける証人がいなくては、政府も困るということでしょう。

②「原子爆弾」を「マグネシウム爆弾」だと思った人は複数存在する。

「原爆」の閃光を、広島では「ピカドン」とか、「ピカ」と呼ぶ人もいますが、わざわざ「マグネシウムを焚いたようだ」と、表現したひとたちがいます。

「美輪明宏」もその一人です。

彼は「広島」ではなく、「長崎」で「被爆」したと証言しています。

そして以下のように語っています。

——————————————————-(以下こちらから転載)

1945年8月9日の朝は雲一つない快晴でした。2階の窓は、一面ガラス張りでした。

10歳の私は窓際で、夏休みの宿題用に御伽草子おとぎぞうしの万寿姫の絵を描いていました。

でき上がりを確かめようと、2、3歩後ろに下がった途端、ピカッ。

何千ものマグネシウムを焚たいたような白い光でした。

こんな良い天気なのに雷光なんてと、不思議に思いました。一瞬、シーンと静寂に包まれ、世界が息を潜めているみたいでした。

その後すぐ、ドッカーン。

今度は世界中の音という音をすべて集めたような、すさまじい大音響がとどろき、家がぐらぐら揺れて傾きました。

部屋の奥にいたお手伝いさんに促され、2人でふとんをかぶったら、空襲警報が鳴り出しました。

階段を駆け下り、爆風で机の下に飛ばされていた兄を起こし、3人で防空壕ごうに向かおうと表に出たところ、いつもの景色が一変しています。

隣の劇場は天井がすっぽり落ちていました。

勤労奉仕の女子挺身ていしん隊の宿舎になっていた高い建物はぺちゃんこでした。

——————————————————-(転載ここまで)

「美輪明宏」は、少年時代に長崎で被爆しました。

そんな彼も御年83歳。

とっても元気なおじいちゃんですね。

彼は、被爆後に髪の毛が抜けて悩んだそうなのですが、今では驚くほどしっかりと生えていますね。

「被爆」した過去は、どこにいってしまったのでしょうか。

ちなみに、「長崎原爆資料館」のサイトにも以下のように記載されていました。

——————————————————-(以下こちらから転載)

原子爆弾の炸裂時の状況について、長崎県は『8月9日長崎市空襲災害概要報告書』に次のように記している。

『原子爆弾ノ炸裂ニ際シテハ先ズ強烈ナ一大閃光ガ迸バシリマシタ。

ソレハ恰モ強烈ナ「マグネシウム」ヲ焚イタト同ジ様ナ感ジデ、アタリ一面ガ白茶ケテボンヤリ霞ンデ仕舞イマシタ。

ソシテ爆発ノ中心部デハソレト同時ニ、又多少距離ノアル所デハ夫激ヨリ瞬時ノ後、猛烈ナ轟音ト共ニ強烈ナ爆風ト熱気トガ襲ウテ来タノデアリマス』

——————————————————-(転載ここまで)

そして「マグネシウム」と表現したひとは「美輪明宏」だけではありません。

偶然にも8月6日が誕生日だという「マツダ」の創業者「松田 重次郎」。

彼も以下のように証言しています。

<松田 重次郎>

——————————————————-(以下こちらから転載)

8月6日が誕生日だったマツダ創業者

戦前、広島で東洋工業を設立し、自動車メーカー「マツダ」(広島県府中町)の礎を築いた松田重次郎(まつだじゅうじろう)氏。

広島に人類史上初の原子爆弾が投下された1945(昭和20)年8月6日が、彼にとって70回目の誕生日であったことは、
あまり知られていない事実かもしれません。

そして、重次郎氏とその家族が8月6日にたどった、数奇な運命も――。

(中略)


<1945年当時の東洋工業本社。1984年に社名が現在のマツダになる>

70歳の誕生日である1945年8月6日の朝。重次郎氏はいつものように、運転手の水野敏正氏(元東洋工業社員)を自宅へ迎えに来させています。

水野氏の回想によれば、水野氏が到着したのは午前7時25分。

水野氏は重次郎氏に「おめでとうございます」と祝いの言葉をかけ、クルマは予定通り大手町(広島市中心部)の散髪屋へと走ります。

その後、散髪を終えた重次郎氏は近くの護国神社でお参りをし、水野氏が運転するクルマに乗車。

会社に向かう車中で、原爆投下の瞬間を迎えることになります。

マツダによると、散髪屋があった大手町1丁目は爆心地から200m以内、護国神社も同300m以内で、重次郎氏が原爆投下の直前まで、爆心地付近にいたことがわかります。

実際、重次郎氏のすぐあとに散髪屋へ入った客は、原爆で即死したという記録が残っているといいます。

以下は、水野氏が原爆投下の瞬間を回想した一節です。

「猿猴川を渡り、荒神橋東詰を過ぎて、西蟹屋町の宇品線の踏切を通り、満津井の料理屋のちょっと先くらいのところで、マグネシウムを焚いたような光線を受けたわけです。

(中略)

ふっと見ると、マグネシウムを点火したときのようにフワーとタンクが燃えるような状態で、『やーしもうたのー』と思ったら、ダーンと来たんです。

それから一刻どうなったか全く闇で真っ暗でした」

1945年8月6日午前8時15分。

広島に人類史上初の原爆が投下された瞬間でした。

——————————————————-(転載ここまで)

複数の人たちが、「原爆」の閃光を、「マグネシウムを焚いたようだ」と思ったようです。

ほかにもネットで検索すると、同じように証言している記録がいくつも見つかりました。

こんなにも口をそろえて「マグネシウムを焚いたようだ」と証言している人たちがいるにもかかわらず、いつのまにか「マグネシウム爆弾」は、「核爆弾」「原子爆弾」というおそろしい兵器にすりかわっていたのです。

③「被爆」による「脱毛」は現代の「美容脱毛」と同じ原理です。

ここで「放射能」が嘘なら、原爆投下後におこった健康被害について、どう説明するのだといわれそうです。

かの「美輪明宏」も、被爆後に「脱毛現象」に悩まされたと語っています。

「脱毛」は、「放射能」を浴びなくてもおこすことができます。

強力な光線(レーザー)を浴びることで、数日から一週間程度でからだから毛が抜け落ちていきます。

その仕組みが、「美容脱毛」に利用されています。

女性なら、多くの方が「脱毛サロン」に通ったことがあるのではないでしょうか。

以下のサイトには、脱毛の仕組みがわかりやすく説明されています。

——————————————————-(以下こちらから転載)

医療レーザー脱毛のメカニズム|毛の抜ける仕組みと注意点

レーザー脱毛の毛の抜ける仕組みとは

レーザー脱毛は、毛の黒い色素(メラニン色素)に反応するレーザーを利用した脱毛施術です。

皮膚の表面からレーザーを当てると、毛のメラニン色素が反応し、毛が熱を溜めこみます。

溜めこまれた熱は周囲に広がり、その熱エネルギーが毛乳頭を破壊します。

毛を作り出す毛母細胞に栄養素を届ける毛乳頭が破壊されることで、毛母細胞は毛を作り出すことができなくなり、結果、毛は生えてこなくなります。

(中略)

レーザー脱毛で起こりやすいリスク・トラブルについて

レーザー脱毛は効率化や安全性を求めて日々進歩していますが、以下のようなトラブルを完全になくすことはできません。

知っておきたいレーザー脱毛のリスクについてご紹介します。

1. 赤みやヒリヒリ感

施術を行った部位は、軽度の熱傷状態となり、赤みが出ます。毛穴にかさぶたができることもありますが、これは正常な反応です。

また、肌が乾燥していると熱を感じやすく、赤みが出やすくなります。

施術前後は、しっかりと保湿ケアを行いましょう。

2.毛嚢炎(もうのうえん)

背中や胸などの皮脂腺が多い部位、ワキやVラインなどのような毛質が太い部分には、まれにニキビのようなもの(毛嚢炎)ができる場合があります。

レーザー照射による毛嚢炎は一時的なものなので、1~2週間程度で治癒します。

ただし、数日経過しても炎症が治らない場合には専門医に相談しましょう。

3.炎症、むくみ

脱毛による炎症やむくみは、照射を受けた毛穴の周りの炎症による「炎症性浮腫」と呼ばれ、医療レーザー脱毛の経過で必ず起こるものなので問題ありません。

4.やけど

一人ひとり異なった肌質や体質、毛量や毛の濃さであることから、レーザー脱毛でのやけどの危険性はゼロではありません。

5.色素沈着

施術後1か月間は、強い日焼けや摩擦などの刺激によるシミのような色素沈着が残ることがあります。

——————————————————-(転載ここまで)

上記の脱毛の施術は、比較的ちいさな機械でおこないます。

それでも軽いやけどやむくみのような、症状がおこるのです。

この光を何億倍という強さで浴びれば、どうなるか容易に想像がつきます。

放射能でなくとも「被爆」のような症状をおこすことはできるのです。

脱毛サロンでは、お姉さんが厳重なサングラスを装着し、機械を使って気になる部位に「ピカッ」とやってくれます。

カメラのフラッシュどころではない強烈な光を肌にあてることで、毛根を破壊し、少しずつ毛が抜け落ちていきます。

非常に強力なので、冷やしながらの施術になります。

私も体験したことがありますが、施術後の数日は、なにも変化がありません。

しばらくして、突然毛がするりと抜けていくのです。

ちなみに一度抜け落ちても、何事もなかったかのように毛は生えてきます‥!

広島で「マグネシウム爆弾」が炸裂したとき、みな口をそろえて「ものすごい光」「ピカ」と表現しています。

その後の人々におこった脱毛現象や健康被害は、「放射能」によるものではなく、強力な光線と高熱によるものなのです。

④被爆の「ひ」の字も感じさせない政令指定都市「広島」

広島に訪れたことのある方は、みなさん感じられると思います。

原爆が落とされたとは思えないほど立派な街並みだと。

街を歩けばちらほらと「被爆建物」という、当時のまま残されている建造物を目にします。

そして「平和記念公園」内の「原爆資料館」には、被爆したがれきや服など、いろいろな物が展示されています。

きわめつけは、これでもかと「放射線」をたっぷりと浴びたはずの「原爆ドーム」が、街中のど真ん中にそのままの姿で残されているのです。

とても危険なはずの「放射能」は、どこへ行ってしまったのでしょうか。

この矛盾に、広島県民は気づくことができません。

わたしは「放射能」をたっぷりと浴びたひとたちから生まれ、30年も広島で生き、広島の農産物を食べ、水を飲んできました。

そんなわたしは五体満足、超健康です。

8月6日に隠された意味

この8月6日という日に、わざわざ「原爆」を投下した理由が気になって調べてみました。

「8」と「6」は悪魔崇拝者たちが、好んで用いる数字です。

「平和学習」では、この日は統計的に「快晴」の可能性が高いため、原爆投下の日として選んだと、過去に教えられました。

しかし天候は「ケムトレイル」を利用した、非常に簡単な方法で、コントロールできるということを知りました。

○HAARPという大嘘。気象操作は高度な科学技術ではなく、極めて原始的な方法で行なわれている。

天候がいちばんの理由ではないということです。

実は、「86」という数字には、さまざまな意味が込められているのです。

①「86」はアメリカで「スラング」としてつかわれている。

Wikipediaに以下のように書かれていました。

——————————————————-(以下こちらから転載)

英語のスラング 86 (Eighty-Six)

意味は名詞的に売り切れ、品切れ、お断り、泥酔客などで、コック・バーテン業界の隠語とされる。

転じて動詞的に追い返す、追い出す、隠す、消す、殺すなど。

過去形は eighty-sixed。語源は諸説あるが、ニューヨークウェストビレッヂのチャムリーズ (Chumley’s) という禁酒法時代の闇酒場 (Speakeasy) が86番地だったことに由来、という説が有力。

手入れを避けるため表玄関からは入れなかったこの店に因むとされる。

——————————————————-(転載ここまで)

爆弾投下によって人々が大量に死ぬ‥。

「86」という数字の意味が、ぴたりと合致します。

②「イスラム教」の経典「コーラン」では、「86」は「悪魔」を意味します。

また、Wikipediaには、以下のようにも書かれています。

——————————————————-(以下こちらから転載)

クルアーンにおける第86番目のスーラは夜訪れるものである。

——————————————————-(転載ここまで)

「クルアーン」とは「イスラム教」の経典、「コーラン」のことです。

「夜訪れるもの」‥。

とてもあやしいですね。

ではその意味をみてみましょう。

——————————————————-(以下こちらから転載)

夜の訪問者とは、輝いて突き刺す星のことである。

別名 『明星』

——————————————————-(転載ここまで)

「明星」といえば、良い印象を持っている方が多いかもしれませんが、「明星」とは、悪の根源であるサタン「ルシファー」を指す言葉なのです。

——————————————————-(以下こちらから転載)

ルシファー (Lucifer、ルキフェル、ルシフェルとも) は、明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔・堕天使の名である。

キリスト教、特に西方教会(カトリック教会やプロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である。

——————————————————-(転載ここまで)

「光をもたらすもの」‥。

すさまじい閃光を放つ爆弾を思わせます。

人々を巨大な嘘で騙し、殺戮していく。

まさにサタンの所業を表す数字です。

「8月6日」と「86」に込められた意味とがしっかりと合致します。

隠された意味はこれだけではないでしょう。

すべては仕組まれており、なにも知らないのは、無残に死んでしまったひとたちと、今を生きる一般庶民なのです。

今でも、広島県民は、何も知らないまま、8月6日に慰霊の黙とうを捧げます。

それでは、無残に殺された人たちは、本当に浮かばれることはありません。

どうして彼らが殺されなければならなかったのか、真実を追求し突き止め、拡散し、二度と悪人たちが悪事をはたらけないようにすることが、後世に残された我々のなすべきことではないでしょうか。

いつまでも弱者のままでは、この世の中は決して変わりません。

私たち一人一人が、真実を発信し、多くの人たちが洗脳から抜け出せるようにしなければなりません。

知ること、知ろうとすることがどれほど大切なのか、「RAPT BLOG」は教えてくれました。

心から感謝し、さらに書き綴っていきたいと思います。

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