今年も8月12日がやってきます。

JAL123便墜落事故がおきた日です。

いまだに一般庶民は悲しい「事故」だったと毎年のようにドラマやニュースで洗脳されつづけています。

インターネット上ではその逆です。

事件性が追及され、JAL123便墜落で死亡した520人の乗客は「悪魔崇拝儀式」の生贄となったことが暴かれました。

○JAL123便墜落事故で死亡した520人は、出雲族の神「国常立尊」を蘇らせるために殺害された可能性大。

○JAL123便墜落事故の真相。すべては「天皇派」と「教皇派」との戦いに原因がありました。

○グリコ森永事件とJAL123便墜落事故との奇妙な関連性。グリコ森永事件の真の黒幕は誰か。

核心を暴いた「RAPT BLOG」の記事は日本中にひろまりました。

さまざまなブログに転載され、紹介されています。

当時日本の総理大臣であった「中曾根康弘」はJAL123便に関する真実を「墓場まで持っていく」と発言しました。

○JAL123便墜落事故の真実を「墓場まで持っていく」と言った中曽根康弘こそ、JAL123便撃墜の首謀者ではないのか。

そんな彼は今年100歳を迎えました。

彼がにぎっている真実を絶対に墓場に持っていかせるようなことがあってはなりません。

この事件は多くの悪人たちが複雑にかかわっており、巧妙に口封じもされています。

1985年になにが起こったのか、また誰がかかわっていたのか、まとめてみようと思います。

このJAL123便墜落事故は「事故」ではなく「事件」です。

「大物政治家」「統一教」「山口組」「天皇家」と探れば探るほど深い闇が広がっています。

○「国常立尊」を基軸とした「トヨタ」と「JAL」と「キャノン」と「パソナ」と「経団連」と「創価学会」と「大本教」と「北朝鮮」と「日本財団」と「イエズス会」と「CSIS」と「皇室」の奇妙なつながり。

 

まず一番の確信人物「中曽根康弘」について見ていきましょう。

<中曾根康弘>

—————————————————–(以下こちらから転載)

群馬県出身。

東京帝国大学法学部政治学科卒業後、内務省に入省する。

海軍短期現役制度で戦時中に海軍主計士官に転じるも、終戦後には内務省に再勤する。

退官後、衆議院議員に当選。以来、中曽根派を形成するなど自由民主党内で頭角を現し、科学技術庁長官をはじめとして運輸大臣、防衛庁長官、通商産業大臣、行政管理庁長官などの閣僚経験を経て、1982年(昭和57年)から1987年(昭和62年)にかけて内閣総理大臣を務める。

国鉄、電電公社、専売公社、日本航空の民営化を達成した事績が特に知られる。

またアメリカのロナルド・レーガン大統領と「ロン・ヤス」関係と呼ばれる信頼関係を構築して日米安全保障体制の強化にも努めた。

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1983年1月17日、『ワシントン・ポスト』紙の社主だったキャサリン・グラハムの朝食会に招かれ、その席上で「日本は不沈空母である」「日米は運命共同体である」と発言したと『ワシントン・ポスト』は大きく取り上げた。

この会食の翌日にレーガンがホワイトハウスの私的な住居で朝食に招き、その時レーガンから「今後はお互いファーストネームで呼び合おう」と言われたという。

ヘンリー・キッシンジャーは「もし政治が可能性の芸術であるならば、レーガンは掛け値なしに一流の芸術家」と発言し、中曽根もこれに同意している。

—————————————————–(転載ここまで)

ちょうど「中曽根康弘」が総理大臣に就任していたころ、アメリカの大統領は「ロナルド・レーガン」でした。

彼らはWikipediaにあるように「ロン・ヤス」と呼び合う関係です。

アメリカに外交に行くたびに高級男娼をあっせんしてもらっていた、という噂もありますが、彼らには別の共通点があります。

それはカルト団体である「統一教」です。

まずは「中曽根康弘」と「統一教」のつながりが以下になります。

—————————————————–(以下こちらから転載)

世界基督教統一神霊協会(統一教会)・国際勝共連合との関係について以下の指摘がある。

1992年3月、出入国管理及び難民認定法の規定で日本に入国できなかった統一教会の教祖、文鮮明が特例措置で14年ぶりに日本に入国した際、文鮮明と会談した。

1992年9月、統一教会発行「中和新聞」によると、桜田淳子や山崎浩子が参加したことで注目を浴びた1992年の統一教会の合同結婚式に中曽根は元総理の名で祝辞を送ったとされている。

1994年8月 勝共連合の幹部の誘いで文鮮明の側近である朴普煕と会談、1991年の文鮮明と金日成の会談の報告を受ける。金丸信が(「東京佐川急便事件」で)失脚したので、北朝鮮と日本を結ぶパイプ役をお願いしたとされる。

2006年3月21日、千葉県の幕張メッセで開催された統一教会系列の「天宙平和連合 (UPF)日本大会」にその活動趣旨に深い理解を示し、祝電を送ったという。

—————————————————–(転載ここまで)

彼と「統一教」のつながりはこれだけではありません。

彼は先日自身の長男を代理として韓国の元首相「金鍾泌」の葬儀に参列させています。

<金鍾泌元首相>

 

—————————————————–(以下こちらから転載)

金鍾泌元首相、葬儀に200人参列

23日に92歳で死去した韓国の金鍾泌(キムジョンピル)元首相の葬儀が27日朝、ソウル市内で営まれた。李洛淵(イナギョン)首相ら政財界関係者ら約200人が参加した。金氏と親交があった中曽根康弘元首相の代理として、長男の中曽根弘文元外相も出席した。

—————————————————–(転載ここまで)

また「中曽根康弘」だけでなく、「安倍晋三」も弔いのメッセージを送っています。

—————————————————–(以下こちらから転載)

中曽根康弘元首相は23日、韓国の金鍾泌元首相の死去を受けて

「日韓両国の友好と発展のために多大なる尽力をされた。長年の友人を失うことは誠に寂しい限りだ」との談話を発表した。

安倍晋三首相も同日、文在寅大統領宛ての弔意メッセージで

「今日の日韓関係の礎を築かれた。日本政府と国民を代表し、ご冥福を衷心よりお祈りする」と述べた。

—————————————————–(転載ここまで)

「金鍾泌」は韓国の諜報機関「KCIA」の局長を務めていました。

その彼と行動を共にしていたのが「文鮮明」でした。

—————————————————–(以下こちらから転載)

韓国政府はロックフェラーの銀行であるチェース・マンハッタン銀行を取引先に指定した。

1962年10月、米国政府は同銀行の助言に従って、韓国諜報機関であるKCIA(韓国中央情報局)の局長に金鍾泌を就任させた。

1962年10月、いわばCIAの出先機関であるKCIA(韓国中央情報局)の金局長が訪米した。

その際に同行したのが文鮮明だった。

金と文はCIAのジョン・マッコーン並びにキャロル陸軍中将と会談するのが目的だったが、この訪米でネルソン&ディヴィッド・ロックフェラーと会った。

文鮮明とネルソン・ロックフェラーは、ぜひ自分達の目で世界統一政府実現を見届けたいと、たちまち意気投合した。

スプリングマイヤーによると、第2次世界大戦直後にロックフェラーは日本で密かにかなりの株式(又は資金)を保有していたが、その日本セクターが隠密裡に文鮮明に資金援助する事を決定したという。

彼の反共十字軍は、「ロックフェラーの新世界秩序に反対する日本の愛国的保守勢力を骨抜きにする」事を使命にして動き出した。これが勝共連合だった。

スプリングマイヤーは、ロックフェラーと仕事をしている弁護士が自信をもって語った事を次の様に紹介している。

「ディヴィッド&ネルソン・ロックフェラーは、熱狂的なグローバリストだ。文鮮明だって、そうだ。

統一協会の目的は、ロックフェラーが世界各国をがんじがらめにしようとしている国際的なタガを、基督教にはめ込んでしまおうというのだから。

このゴールに到達する為には、チェース・マンハッタンの連中は、いわゆる共和党右翼と呼ばれる愛国者達を骨抜きにしなくちゃならんのだ。

よく見てご覧なさい。文鮮明がやっている事は、それなんだよ」

—————————————————–(転載ここまで)

「KCIA」と「統一教」は一心同体の関係です。

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統一教会はもともと韓国人牧師・文鮮明が昭和29年に創始した新興宗教だが、昭和36年、韓国で朴正煕がクーデターによって政権を奪取した直後から、情報機関「韓国中央情報部」(KCIA)と協力関係を結び、その庇護を受けて勢力を急速に拡大した。

戦後ソ連共産党のアジアでの工作活動に対抗すべく、アメリカでも反共団体やCIAが中心となって、アジアでの反共ネットワークの構築を画策していた。

昭和29年にはCIAの肝煎りで「アジア人民反共連盟」(APACL)が結成されていたが、昭和40年に日韓条約が締結されると、その院外団的勢力として、各国の民間右翼団体によるネットワークの結成が模索された。

そこで中心的な役割を果たしたのが、韓国では統一教会、日本では笹川良一だった。

統一教会はKCIAと手を結んだ直後から、崔翅翼(日本名・西川勝)という幹部を日本に送り込み、「原理運動」を開始した。

このとき崔に協力したのが笹川だったが、そこにはおそらくKCIAと米CIA、あるいはアメリカの反共団体の協力要請があったものと推測される。

笹川は昭和38年に統一教会の顧問となり、支援した。

統一教会は笹川の影響力によって政財官界、とくに自民党と警察組織に浸透したといわれる。

一方、「原理研究会」を組織して若者を勧誘した。昭和37年に立正佼成会の幹部の久保木修己が統一教会に合流し、昭和39年に会長に就任する。

昭和41年に、統一教会がホストを務めて「世界反共連盟」(WACL)が韓国で結成された。

世界中から反共団体が参加したが、それらは事実上、CIAと米反共団体が組織していたネットワークだった。

昭和40年代半ばから昭和60年頃まで、WACLの会長を務めたのが、極右軍人のジョン・シングローブ米退役少将である。

KCIAの公認で、統一教会が「国際勝共連合」を創設したのは、昭和43年1月だった。

日本での組織化の後ろ盾となったのが、またもや笹川良一と岸信介だった。

日本でも、久保木修己を会長とする国際勝共連合が活動を始める。笹川は名誉会長となった。

昭和53年に米下院国際関係委員会のレポートで、統一教会=勝共連合とKCIAの深い関係が暴露された。

日本でも日本共産党が統一教会系の政治家のリストを公表した。

当時の福田赳夫首相をはじめ、現職閣僚から16人、自民党議員155人、新自由クラブ議員4人、民社党議員5人というリストだった。

関係が深いのは、韓国ロビーに近いか、反共右翼色の強い人脈ということになる。

政治家では岸信介、福田赳夫、椎名悦三郎、中曽根康弘、財界人あるいは右翼や学者では、これらの政治家の周辺にいる面々ということになる。

—————————————————–(転載ここまで)

で、「中曽根康弘」とひじょうに仲の良かった「ロナルド・レーガン」は「統一教」のおかげで大統領に就任できたようなのです。

—————————————————–(以下こちらから転載)

文鮮明先生は、天の意図をレーガン大統領候袖に事前に通告せよと語られた。

私はその当時、ニューヨークにある新聞社「ニュ―ズワールド」(一九七六年十二月に文師が創立)の社長であった。

一九八〇年五月のある日、私はわが新聞社のホワイトハウス出入り記者で、共和党大統領候補を随行取材していたジョゼットーシヤイナー(のちにワシントンタイムズ副編集局長)に命じて、レーガン候補と面会する約束を取った。

私は彼に会うために、オハイオ州トレド市にあるコマドー・ペリー・ホテルに行き、朝早く、レーガン候補が遊説に出掛ける前の時間に、彼の部屋を訪ねた。

レーガン候補はナンシー夫人とともに私を喜んで迎えてくれた。

私とレーガン氏との最初の対面である。

挨拶が済むと、私は準備して持って来たスクラップーブックを一枚一枚めくりながら、それまでニユーズーワールド紙がレーガン候補をどれだけ支援してきたかを説明した。

レーガン候補は目を見張った。

これは新聞記事というよりは、レーガンを宣伝するビラのようなものだったからである。

「これは驚きました。私の選挙本部に送らなければなりません。彼らも私に関してこれほど良くは書けません」

と喜色満面である。

私は深刻な顔で、「われわれがこのようにあなたを宣伝するのには、理由があります」と言った。

「理由があるとおっしゃいますと?」

と、レーガン候補は私を真剣に見つめる。

「レーガン大統領! 私はあなたを『大統領』とお呼びします。あなたはアメリカ合衆国の次の第四〇代大統領だからです」

彼は仰天して、今度はナンシフ夫人と二人で私の顔を食い入るように見つめた。

「神があなたを既に次のアメリカ大統領に定められました」

「何ですって? それはいったい誰の言葉ですか?」

レーガン候補はあまりのことに身を震わせ、驚きの表情を隠せなかった。

私が、「これはレバレンドームーンが受けられた天の啓示です」

と答えると、彼は再び仰天した。

レーガン候補は、

「はあ? 啓示を受けられたというのですか? では、なぜ神とレバレンドームーンは私を大統領にしようとされるのですか?何が条件なのですか?」

と鋭く尋ねてきた。

私はここで力いっぱい答弁した。

「条件は何もありません。

神とレバレンドームーンはあなたを当選させ、神と人類の敵である共産主義の終焉をもたらそうとしておられます。

それがあなたの使命です。

その決心があれば、あなたは間違いなく次の大統領になれます。

レバレンドームーンはこの時代の預言者です。

彼は天運に乗られたお方です。

彼の支援はアメリカのどの支援者よりも、共和党全体よりも大きいのです。

天運があなたと共にあるからです。

ですから、あなたの使命が何であるか、それだけをお考えになって選挙運動をしてください」

レーガン候補の顔は喜色満面に変わった。

そしてナンシー夫人を見つめながら、

「私がレバレンドームーンほどに自分自身に対する確信があったら、どれほど良いかね。ハハハ」

とレーガン氏特有の笑みを浮かべた。

われわれは無言のうちに同志になった。

そして、レーガン候補は私の手を両手でしっかりとつかんで、

「私は自分が大統領になる理由が分かりました。

私には神の助けが必要です。

レバレンドームーンに感謝するとともに、祈祷をお願い致します」
と言った。

それ以来、われわれ二人は何か特別な因縁で結ばれたかのようであった。

この時芽生えた友情はその後も長く続き、彼の八年にわたる執権期間を通じて継続された。

特に「ワシントンタイムズ」が創刊されてからは、その友情は文鮮明師に対する深い感謝へと変わっていった。

—————————————————–(転載ここまで)

「ロナルド・レーガン」は「統一教」の工作によって見事選挙に勝利し、第40代アメリカ大統領に就任することとなりました。

「統一教」で結ばれている「ロン・ヤス」が日本とアメリカの権力を握っていた1985年、「プラザ合意」が発表されました。

この「プラザ合意」は、「JAL123便墜落事故」に大きくかかわっていたのではないかと言われています。

日本に不利な「プラザ合意」を当時総理大臣だった「中曽根」にのませるために脅しとしてJAL123便を墜落させた、という情報があります。

脅されてやむをえず「プラザ合意」をのんだと。

また、「JAL123便墜落事故」は、「プラザ合意」に反対していた関西財界の大物たちを殺害するために利用されたという情報もあります。

たしかに「プラザ合意」によって極度の円高となり、アメリカの日本に対する借金が三分の一にまで減ったようです。

これだけ見ると日本がアメリカの赤字解消のための為替操作を容認し、日本が不利になったように見えます。

しかしその裏で日本は「バブル景気」へ突入し、大きく経済発展をとげることとなりました。

バブル景気による莫大な利益は、アメリカに貸していたお金など微々たるものに思えるほど大きなものだったに違いありません。

日本の大企業の一つ「日清製粉」は1985年以降、飛躍的な成長をとげました。

この「日清製粉」は「JAL123便墜落事故」がおこる前に世間を騒がせた「グリコ森永事件」の黒幕のひとつだという情報がネット上に流れています。

「日清製粉」は「美智子皇后」の実家である、「正田家」発祥の企業です。

—————————————————–(以下こちらから転載)

■グリコ森永事件は 日清製粉売り上げUPが目的

この犯罪は 「マスコミ・テレビ業界」に10年いた人であれば全員知っています

天皇の犯罪なので 「言ってはいけないこと・アンタッチャブル」なのです

これを※「菊タブー」と言います

1 グリコ森永事件を命令したのは 皇后美智子です

1a  実行は天皇の子分・名簿がない特殊警察や天皇派閥の国家公務員です。

お手伝いは汚れ仕事を引き受ける「創価学会」です。

1b  天皇は戦前同様 すべての省庁と政府の独裁者になっています

2  目的は 食品会社を脅迫し 劇場型の犯罪を行い多くの国民に恐怖を与え

食品メーカー業界の幹部に「天皇美智子・日清製粉創業家」がやらせた犯罪だと認識させるのが目的です

3  具体的には 皇后美智子の創業家の「日清製粉(食品原材料販売)」の社長に1986年から

美智子の弟の「正田修」が就任することになっていました

見栄っ張りの美智子が 「弟の業績」を伸ばしたくて手の込んだ広域で劇場型の犯罪を子分に命じた

4  食品業界上層部では 天皇美智子の犯罪が噂され「食品に毒を入れられたり殺されるよりは★まし」

なので「日清製粉」から[原材料を仕入するようになるわけです

5   美智子は 事件の仕上げに「日航ジャンボ123便」を墜落させたこれに搭乗していたのは

歌手の「坂本九」さんであるのはあまりにも有名ですが・・・実は「ハウス食品と不二家の社長」も搭乗していました

6  正確に言うと 「搭乗」するように丹念に工作された「同窓会でもなんでもいい」が様々なルートを

使いグリコ森永事件の脅迫された社長を墜落機に乗せた

7  グリコ森永事件で脅迫された企業は・・・

「グリコ・森永・丸大・駿河屋・ハウス食品・不二家」の6社

この6社の中の2社の社長が 事故機に搭乗していた

社員ではない・・・社長である

さらにサラリーマン社長ではなく 「創業家の子孫」である

8  ハウス食品及び不二家は脅迫状の要求に「屈しなかった」

たとえば 不二家に対しての脅迫状には 「池袋のデパートの屋上から2000万円をばらまけ」

という要求が2度あった

9  不二家側は いずれも無視した

当然である 誰かが誘拐されているわけでもなく あまりに漫画じみている

社会通念上 パブリックな考えとして 「悪い見本」となる

10  2社は 当時 「財閥」の雰囲気の会社でなかった

つまり 権力に「組み込まれていない会社」だった

11  財閥と思われるグリコの社長は誘拐されて3日で戻った

おそらく出来レース。

天皇の言うことを聞いていれば・・・「悪いようにしない」という約束があったと考えられる

12  森永創業家の孫娘は 現在の政府を牛耳る山口県田布施町派閥の中心である

「A級戦犯死刑」を逃れた岸信介総理の孫「安倍晋三」と結婚している

13  つまり 「グリコと森永」は皇后美智子と親しいので 「命の被害がなかった

14  脅迫された6社のうち2社の社長が テロ機に乗り込む確率はまず

ア  全国数ある食品メーカーで脅迫を受ける確率  事故機に乗り込む確率

イ  社員でなく社長である確率

ウ  事故機に乗り込む確率

エ  羽田から大阪に向かう便の「日にち・時間」において墜落する確率

数学が得意ではない私でも 2社の社長が被害にあう確率は「天文学的確率ほど少ない」

と言うことは想像に難くない

15  当然 正田美智子グループは 「偶然ではつじつまが合わない」というような印象の

「恐怖」を狙っているものである

16  墜落事故のあった 1985年8月12日は グリコ森永事件の犯人たちが 「食いもんの会社脅すの

もう許したる」という「終息宣言」の手紙が 新聞社に届いた日である

17  これが事件の「仕上げ」でした

18  ここまでやったら 全国の食品業界の会社は 材料を「日清製粉」から仕入れるようになる

19  なお 別項で説明しますが 日航ジャンボ墜落事故の「ニュース速報」のたびに

「歌のトップテン」において天皇子分の榊原郁恵が「サー(王様への敬礼)」の

ポーズをアピールする不自然さ

当然 「墜落事故は日本の王様がやらせたものだ」というアピールですね

20  天皇グループは 墜落テロを工作するだけでなく 国民上層部を脅迫する「テレビでの犯行声明」を用意していたわけです

大変「悪質・皮肉」ですね

21  当時から テレビ業界や各界の上層部では 「天皇美智子のテロ」というのは常識になっています

22  天皇グループは 同様な事件事故を これ以前にもこれ以降も工作し多数の人を

「見せしめ」として殺したわけです

—————————————————–(転載ここまで)

1986年に「美智子皇后」の弟である「正田修」が「日清製粉」社長に就任しました。

<正田修>

 

その後、JAL123便墜落後におこったバブル景気によって「日清製粉」は海外進出を積極的におこない、莫大な利益を上げました。

急激な円高のおかげで海外進出しやすくなったのです。

これを機に、「日清製粉」は拡大しつづけ、揺るがぬ地位へのぼりつめました。

—————————————————–(以下こちらから転載)

1987年(昭和62年) 日清フーズ株式会社及び日清化学株式会社を合併する。

1988年(昭和63年) タイ王国に合弁会社「タイ日清製粉株式会社」を設立する。

1989年(平成元年) 株式会社日清経営技術センターを設立する。カナダの製粉会社「ロジャーズ・フーズ株式会社」を買収する。

1991年(平成3年) タイに合弁会社「タイ日清DCA株式会社」及び「日清STC製粉株式会社」を設立する。

情報システム部が、日清情報システム株式会社として独立する。

1994年(平成6年) DCA Food Industries Inc.が所有する、日清ディー・シー・エー食品の全株式を取得する。

1996年(平成8年) 日清製粉と杏林製薬が折半出資の日清キョーリン製薬株式会社を設立する。

アメリカでパスタの製造・販売を行うため、ワシントン州にメダリオン・フーズ・インクを設立する。

1997年(平成9年) 日清ディー・シー・エー食品及びタイ日清DCAの社名を日清テクノミック株式会社及び

タイ日清テクノミック株式会社に改める。

冷凍食品事業を分社化し、日清フーズ株式会社を設立する。

1998年(平成10年) 千代田区神田錦町一丁目に本社ビルを取得し、3月に移転。

1999年(平成11年) 日清テクノミック株式会社を合併する。

2000年(平成12年) 創業100周年を迎える。

—————————————————–(転載ここまで)

ちなみに「日清製粉」を設立した「正田家」と「中曽根家」は親戚関係にあります。

—————————————————–(以下こちらから転載)

平山信は藍夫人との間に3男4女をもうけたが、4人の娘の嫁ぎ先を通じて坪井家(学者一族)・箕作家(日本最大の学者一族)・正田家(日清製粉のオーナー一族)・佐竹家(旧出羽国秋田藩主一族)・岩崎家(三菱財閥の創業者一族)・三井家(三井財閥の創業者一族)・川上家(東京電気保全の社長を輩出した一族)・中曽根家(政治家一族)らと姻戚関係で結ばれており、正田家を通じて皇室にも繋がっている。

また、次男で建築家の嵩の妻の実家・原家を通じて平賀家やサントリーのオーナー一族である鳥井家や佐治家、及び辰馬本家酒造のオーナー一族・辰馬家の係累にもなっている。

信の四女・千枝は日本国有鉄道常務理事・日本電設工業社長・東京電気保全社長等を歴任した川上寿一に嫁いだ。

寿一・千枝夫妻の子・冽は中曽根康弘の姪・光子と結婚している(光子の父・吉太郎は康弘の兄)。

このことから、千枝の嫁ぎ先・川上家を通じて平山家と中曽根家はつながっており、平山信の孫は中曽根康弘の姪と結婚したといえる。

—————————————————–(転載ここまで)

「グリコ森永事件」と「JAL123便墜落事故」はひとつに繋がっています。

それだけではありません。

この事件には皇族や大物政治家が関わっているので、国を揺るがす一大スキャンダルになりかねません。

口封じのためか、あらかじめ政界に金がばらまかれたとしか思えない事件がおこりました。

それが「リクルート事件」です。

この事件が発覚したのは1988年ですが、リクルート・コスモス株譲渡によって政界に金がばらまかれた時期は、1984年12月から1985年4月の間なのです。

主に「自由民主党」の議員たちが「リクルート・コスモス株」を受け取っています。

—————————————————–(以下こちらから転載)

1984年(昭和59年)12月から1985年(昭和60年)4月にかけて、江副浩正リクルート社会長が自社の政治的財界的地位を高める目的で、有力政治家、官僚、通信業界有力者にリクルート社の子会社であるリクルート・コスモス社の未公開株を譲渡した。

未公開株の取引相手は、1984年12月20から31日の期間に39人、1985年(昭和60年)2月15日に金融機関26社に、4月25日に37社および1個人にわけられる。

1986年(昭和61年)6月に藤波孝生元官房長官ら政財界へのコスモス株譲渡がおこなわれた。

1986年(昭和61年)10月30日にリクルート・コスモス株は店頭公開された。譲渡者の売却益は合計約6億円とされている。

リクルート株の譲渡を受けた議員

自由民主党

竹下登首相、長谷川峻法相、宮沢喜一蔵相、小渕恵三官房長官、原田憲経企庁長官、小沢一郎官房副長官、安倍晋太郎幹事長、渡辺美智雄政調会長、愛野興一郎前経企庁長官、中曽根康弘元首相、橋本龍太郎元運輸相、梶山静六元自治相、森喜朗元文相、中島源太郎元文相、砂田重民元文相、塩川正十郎元文相、加藤六月元農水相、大野明元労相、栗原祐幸元労相、山口敏夫元労相、坂本三十次元労相、藤波孝生元官房長官、加藤紘一元防衛庁長官、渡辺秀央元官房副長官、原健三郎前衆院議長、浜田卓二郎代議士、伊吹文明代議士、愛知和男代議士、大坪健一郎代議士、有馬元治代議士、野田毅代議士、堀内光雄代議士、鈴木宗男代議士、尾形智矩代議士、椎名素夫代議士、志賀節代議士、藤田正明参院議長、遠藤政夫参院議員、倉田寛之参院議員、鈴木貞敏参院議員

—————————————————–(転載ここまで)

この事件、名目上は「リクルート社」会長が自身の地位を高めるために未公開株を譲渡した、とありますが、時系列や関連人物を見ていると、「グリコ森永事件」や「JAL123便墜落事故」を成功させるための根回しのようにも見えます。

この一連の事件がおこった「中曽根内閣」時代に暗躍した人物がいます。

それが「後藤田正晴」です。

当時彼は「総務庁長官」として「中曽根内閣」を支え、「山口組」や「統一教」と太いパイプを持っていました。

<後藤田正晴>

 

—————————————————–(以下こちらから転載)

後藤田正晴の大甥の後藤田正純は、

統一教会(カルト宗教)の下部団体であるUPF主催の文顕進の昼食会に出席している。

後藤田正晴の政治コネクションと、警察利権を引き継いだのが、後藤田の大甥の後藤田正純である。

後藤田正純は、正晴の大甥であると同時に、正晴の弟子であったことは言うまでもない。

☆つまり、後藤田正晴は、世界最悪の邪教である統一教会(カルト宗教)のただの傀儡である。

後藤田正晴は、オウム真理教(カルト宗教)の広告宣伝を請け負っていたナミレイ事件の

黒幕こと朝堂院大覚から、5億円を超える献金を受け取っていた。

 

<石川公一>

また、後藤田正晴の後援会会長の息子はオウム真理教(カルト宗教)の大幹部の石川公一である。

朝堂院大覚は、フクニチ新聞と内外タイムスに、オウム真理教(カルト宗教)の広告を載せるように働きかけ、

山口組(ヤクザ組織)の傘下の後藤組(ヤクザ組織)の組長である後藤忠政に、最高裁判事の経験を持つ敏腕弁護士の横井大三を紹介した人物であり、一水会を鼓舞する会の代表発起人である。

後藤田正晴は、山口組(ヤクザ組織)の顧問である尾崎彰春に対して、「尾崎君は紳士だ」と評している

 

<尾崎彰春>

—————————————————–(転載ここまで)

彼は悪事を働く上での実働部隊の用意や根回しがじゅうぶんにできる力を持っています。

ここでも「統一教」の存在が見えてきました。

実は「山口組」と「統一教」は「兄弟盃」の関係にあります。

正確には山口組系在日ヤクザの「柳川次郎」と韓国カルトである「統一教」の政治団体「勝共連合」が盃を交わしました。

○柳川次郎-Wikipedia

以下の記事にとても詳しく掲載されています。

○勝共連合が右翼団体を籠絡した恐るべき手法 『噂の真相』93年8月号から-政教ノート

この右翼団体と「統一教」を一つにするきっかけとなった「柳川次郎」の顔、どこかで見たことがありませんか?

<柳川次郎>

 

<かい人21面相>

 

このふたつの画像は「柳川次郎」本人と「グリコ森永事件」の犯人と言われている「かい人21面相」のモンタージュです。

わたしはそっくりだ!とおどろきました。

当時「かい人21面相」にそっくりなひとを取りあげては話題にしていました。

でも「柳川次郎」に関してはまったくのノータッチ。

当時彼は「亜細亜民族同盟」という怪しげな右翼団体を立ち上げていました。

○亜細亜民族同盟-Wikipedia

設立当時は設立者本人の「柳川次郎」が会長でしたがその後、元公安調査庁佐野一郎が代わって次代の会長に就任しています。

右翼も公安もズブズブの関係なのです。

「統一教」と兄弟関係なので、彼が実行犯だとしてもおかしくありませんね。

これらの一連の事件に関係していたひとはたくさん存在します。

そのなかでさまざまな組織や人物を「統一教」が取り込んでいった動きが見えてきました。

以下の記事には「統一教」に賛同するひとたちの名前がつらなっています。

○文鮮明と統一運動に賛同する方々

天皇をあがめていた右翼団体を金と人材提供で黙らせつつ、「国会議員」たちも同じ方法で取り込んでいきました。

—————————————————–(以下こちらから転載)

■統一教会から日本の国会議員に秘書や選挙応援人材を送り込んでいるのは、統一信者なら常識・・・しかし一般市民はその事実をあまり知らない

韓国人である文鮮明教祖は反日活動家です。

文教祖は生前、竹島にも上陸し『独島(竹島)も対馬も韓国のもの』であるという反日主張を日本人信者に吹き込み洗脳し続けました。

その反日工作は単に教会内の信者だけにとどまらず、日本の国会議員にも触手を伸ばしていました。

狙いは日本の韓国化(統一教会化)、つまり日本を韓国の植民地にすることです。

 

<日本の衆議院内に統一教会を作れ!そのために国会議員に秘書を送り込め!>

統一教会の日本の乗っ取り計画は宗教と同時に政治面からも進められました。

「勝共連合」として反共を隠れ蓑に右翼系の愛国議員に近寄り取り込み工作をしてきました。

1989年に文教祖は統一教会日本責任者の久保木会長に下記のような指示を出します。

ここで留意していただきたいのは「統一教会=国際勝共連合」だということです。

————————–
国会議員との関係強化

その次に5番目ですよね? (「大きい5番です」)大きな5番!これは、国会議員と何ですか? 国会議員との関係強化。

国会議員との関係強化です。そのようにして国会内に(統一)教会を作るのです。

国会内の教会ですよ。

衆議員教会・・・こいつ!なぜ言うことを聞かない!出てこないのです。

そうやって行ったり来たりしながら妨害しているのですか? それで久保木会長は、相談をして・・・先生が指示していることが何なのか?

今から地方とかいろんなところにいる日本の統一教会の中心メンバーは、その地方で学校を出たら、自分なりに出馬してみることができる道を磨かなくてはいけないというのです。わかりますか、何を言っているのか?

それでアメリカに行って5年以上の訓練を受けた人たちを呼び戻して….そんなことも考えています。

そうやって考えておきなさい! その名簿を作成するように先生が指示をしましたが・・・、久保木は、顔も見えないのです。

そのような話はしませんでしたか? 久保木にそのようなことは言いませんでしたか?

あ、小山田だろう? 国会議員たちを120人以上束ねことのできる名簿を作成するように言っただろう? 今からそのようにして、それ(日本の国会議員)が教会の組織になるようにするのです。

そこで原理を教育するだとか・・・すべてのことが可能になるのです。

二番目は、秘書です、秘書。

(統一教会から)国会議員の秘書を排出するのです。

三番目は、国会内の組織体制を形成するのです。体制形成、体制形成を国会内を中心としてするのです。

そのような組織体制を備えなければならないのです、体制形成。四番目は、党の収拾と連合。聞いてみたらすばらしいですよね? 誰かがそのような連合運動をしないと駄目なのです。

集成と連合。聞いてみたらすばらしいですよね? それで自民党の安倍派などを中心にして、(勝共の)久保木を中心として、超党派的に、その議員を結成して、その(勝共議員の)数を徐々に増やして行かなければならないのです。

わかりますか?

そして五番目、行動結束と挙国。

挙国というのは国を挙げて行動を結束するのです。行動結束。

全国的な行動結束が五番目です。四番目は、党の収拾と連合です。全国です。

国を挙げての行動で結束するのです。それで日本の中央の国会議員だけではなく、地方の、地方全体の・・・地方には皆さんがいますよね? そうですよね? わかりますか? 国を挙げての行動結束化運動。

(「文鮮明先生み言葉選集」192巻より 1989年7月4日 韓国・一和修練院)
————————–

上のみ言葉をまとめると

1.日本の衆議院内に統一教会を作れ(国会議員に原理教育)
2.国会議員に統一教会員の秘書を送り込め
3.国会内に統一教会がコントロールできる組織を作れ
4.党を超えて議員を集め、超党派勝共議員たちを結束させろ(与党自民党の弱体化)
5.愛国等の日本挙国の名目で勝共議員を集め組織化しろ(本音は反日だが、愛国を偽装)

こんなかんじでしょうか。

これが語られたのが、1989年です。

そして現在、統一教会の日本乗っ取り計画はどれほど進行しているのかというと

(週刊現代1999年2月27日号)

 

文教祖のみ言葉からみてみましょう。

確実に進行している日本乗っ取り計画。

『劉正玉(※日本総会長)来たか?(「はい」)今回当選した80人の我々の国会議員を集めて教育を一度しましたか?(「はい?」)

日本で国会議員選挙の時、120人を応援したが80人が当選した言わなかったか?(「はい」)それらの人たちを教育しましたか?(「ええ、教育しています」)

一人が三、四人ずつでも連れて来なさい。日本の国会議員を全部連れて来ることができるのです。』
(「文鮮明先生み言葉選集」327巻より)

『時代が変わったのです。後天時代です。先天時代と後天時代、時代が変わったのです。

はい、昔は刑務所暮らしでしたが、これは釈放です。誰の指示を受けて、誰の管理を受けようとしましたか?

日本の誰? 中曽根を立てて、それ(文教祖の入国禁止)を解いてもらおうとしましたが、すでに何年ですか?それをしなければならないのに、福田首相だとかなんだといって・・・。

岸首相から私が手をつけたのです。

福田から中曽根・・・中曽根の時は(勝共議員が)13人しかいなかったのが、130人の国会議員を当選させて国会の分科委員会が20部署なのですが13部署は私が立てた人がいます。

それを掴み殺すことができますか(潰せますか)? 日本政府の軍隊が何ですか? 自衛隊?(「自衛隊です」)今、自衛隊の秘密組織最高の地位にまで接触されていることを知っていますか? 皆さんは知らないでしょう?

日本の特殊要員たちを連れて行ってその南方では今、ゲリラ戦訓練していることを知っていますか? この者たち!

その写真を一度見せれば気が引きしまるでしょう。ゲリラ戦争以上している日本人妻達、親族に電話して消化し、皆さんの活動の拠点を飲み込むためにも祝福してあげるのです。』

(「文鮮明先生み言葉選集」486巻より)

『日本の今度の選挙だけでも、私たちが推してあげたのが百八議席当選した。私たちの援助が無ければ、無所属で出てきた中曽根なんか吹けば飛んだ。

派閥で見れば、中曽根派は六十二議席にもなって、安倍派は八十三議席。私が全部そういうふうに作ってあげた。この二派閥を合わせるといくつになりますか?

それで安倍とか中曽根に、原理の御言を聞け!と言ったら聞きはじめた。』

(「統一世界」1990年4月号より)

—————————————————–(転載ここまで)

右翼団体や国会議員たちが「統一教」に飲み込まれていくなかで、大きな邪魔者となった人物がいます。

バリバリの天皇崇拝者「谷口雅春」です。

 

<谷口雅春>

 

彼は「生長の家」の教祖であり、右翼や国会議員を宗教的に束ねる存在でした。

また、莫大な信者数をほこっていたため、選挙の票集めには欠かせない存在でした。

「参院のドン 村上正邦」をはじめ、多くの国会議員が「生長の家」の票によって力を持っていきました。

 

<村上正邦>

 

反日である「統一教」勢力が日本権力を掌握していく中で、天皇派の「谷口雅春」の存在は邪魔になっていったに違いありません。

実際に「谷口雅春」と協力関係にあった「岸信介」は「統一教」と組むことを選び、「谷口雅春」の意思を退けました。

以下、彼らの会話がくわしく掲載されています。

○改憲をめぐり反目した岸信介と生長の家の谷口雅春-政教ノート

そして「生長の家」は1983年に政界から手を引きました。

—————————————————–(以下こちらから転載)

政治活動の撤退と「国際平和信仰運動」の提唱

1978年に雅春は生長の家総本山に移住し政治活動の一線から退いた。

生長の家の政治運動には初期から内部での路線対立は存在したが、この頃から政治運動に積極的な「飛田給派」と否定的な「教団派」(本部派)の対立が激しくなる。

しかし、1982年時点では教団派の理事長が更迭されるなど飛田給派の影響力が強かった。

なお、飛田給派と本部派の名称の由来はその拠点となった場所がそれぞれ「生長の家飛田給道場」と「生長の家本部」だったからである。

1983年(昭和58年)、当時の理事長の徳久克己は飛田給道場の創設者ということもあり飛田給派の人間であると見られていたが、優生保護法改正を巡って自由民主党と対立したことを理由に、生長の家政治連合の活動を停止を決断した。

1985年(昭和60年)6月17日に雅春が死去し、娘婿の清超が第2代の総裁に、妻の恵美子が第2代の白鳩会総裁に就任。

同年、日本を守る国民会議から脱退し生長の家は自民党やその支持団体と距離を置くようになった。

1988年(昭和63年)4月26日には雅春の妻で初代白鳩会総裁の輝子が死去。

その後1990年(平成2年)11月22日には、清超の次男の谷口雅宣が副総裁に就任し、清超と共に講習会への講師としての出講を行うようになっていく。

1993年、「国際平和信仰運動」を提唱し推進、日本政府による大東亜戦争への反省や戦争責任の追及、人権感覚からの女系・女性天皇の推進を表明するなど、これまでの愛国・保守(=右翼)的教義から距離を置くような転換を積極的に進めている。

1994年(平成6年)には雅宣の妻・谷口純子が白鳩会副総裁に就任。

—————————————————–(転載ここまで)

「JAL123便」が墜落する直前の1985年6月、「谷口雅春」は死亡しました。

この時点で反日、統一教勢力は、「天皇派」を完全に抑え込むことに成功したのではと考えました。

「谷口雅春」は殺された可能性がありますね。

「谷口雅春」を崇拝する国会議員はいまだに大勢存在します。

それを象徴する組織が「日本会議」です。

「谷口雅春先生を学ぶ会」なる組織も存在します。

しかし裏側では「生長の家」と「統一教」はズブズブの関係にあります。

「生長の家」はカルト宗教でありながら信者数はひじょうに多いため、今でも国会議員にとっては「生長の家」信者の票は必要不可欠。

彼らは自身の私利私欲のために、悪魔教である「統一教」「生長の家」両方を背負うことにしたのです。

そうして互いの信者たちにばれないように「蜜月」の関係を深めていったのです。

○統一教会のダミー団体「世界戦略総合研究所」-政教ノート

○日本会議と統一教会は蜜月 偽装団体を介して交流する実態など-政教ノート

その後JALは衰退の一途をたどりました。

そして「生長の家」信者で有名な「稲盛和夫」は、破たんしたJAL再建を建前に「JALタスクフォース」で大儲けしました。

<稲盛和夫>

彼も「生長の家」の信者でありながら、「CSIS」を介して勝共連合名誉会長の「笹川良一」とつながっています。

さらに言うと「稲盛和夫」の妻には韓国人の血が流れています。

—————————————————–(以下こちらから転載)

禹長春(ウ・ジャンチュン、우장춘、通名:須永 長春(すなが ながはる)、1898年4月8日 – 1959年8月10日)は、農学者(農学博士)、育種学者。

韓国農業の父と呼ばれる。

禹には6人の子供がおり、うち四女・朝子は京セラ創業者・稲盛和夫に嫁いでいる。

—————————————————–(転載ここまで)

どこまで調べても金と権力、悪魔崇拝のドロドロした闇がつづいています。

突然520名の命が失われた8月12日。

今年も「悲惨な事故だった」とテレビでは放送されるでしょう。

1985年におきた一連の事件の裏には、必ず「統一教」が存在していたことがわかりました。

さまざまな悪人たちの目的を達成するために墜落させられたJAL123便。

8月12日を迎えるたびに犯人たちはほくそ笑んでいるでしょうか。

それとも、いつ真実が世間にばれてしまうかとおびえているでしょうか。

いまだに真実を隠して善人面をしている犯人たちが裁かれることを願います。

 

 

 

 

 

 

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